アリとキリギリス(How To Invest)
February 22, 2008アリがエサのなくなる冬に備えて
エサをせっせと夏のうちに自分の巣へ運んでいる(貯蓄する)脇で
キリギリスはのんきに歌って踊っていました。
このアリとキリギリスの話しをよく考えてみると
このときのアリの行為は、労働による投資を行い
将来的な「経済的利益(profit)」を得る行為です。
それに対してキリギリスの行為は
遊んでいて何もしていないように見えますが
遊ぶことも自分自身の「精神的利得(benefit)」を得るための投資といえます。
冬になってエサがなくなったとき
アリの夏に貯めたエサを食べる行為は
自らの食欲を満たす「精神的利得(benefit)」
を得るための投資であり
キリギリスが夏に歌って踊っていたときの行為と同じといえます。
つまりアリの行為は
夏に冬に備えて経済的利益を蓄えて、冬に精神的利益を得た。
キリギリスの行為は
夏に精神的利益を得た結果、冬には「労働力」による投資の期間が過ぎていた。
このことから
投資機会はいつでもあるものではないし
投資機会を気づかずに過ごしていると命取りになる。
また
まずは消費的投資によるbenefitを得るよりも先に
生産的投資を優先してprofitを得なければならない。
「働かざる者食うべからず」の教訓 とともに
人の場合は
夏を「定年前」冬を「定年後」にそのまま当てはめてみてください。
ここでもう少し考えてみると
一見するとアリが正しくてキリギリスがダメな虫ように思えますが
アリの行為を美化するような
自らの「労働力」による投資のみが正しいという考え方は
非常に危険だと思います。
アリがまだ元気で自分で働けるうちはよいですが
夏に冬を越せるだけのエサをとることができなくなったときは
キリギリスと同じになってしまいます。
アリもキリギリスも所詮は虫なので
「資本力」による投資を理解することができないですが
人間は昆虫とは違いますので、もし人間がアリの立場だったら
キリギリスが冬にエサをもらいに来た時(投資機会)に
キリギリスに対してエサを貸して次の冬に利子を付けて
返済してもらうこと(「資本力」による投資)を考えることもできたと思います。
またキリギリスが人間であれば、「資本力」があり
正しい投資方法を理解していれば
自分の「資本力」による投資によって一生好きなことをして
遊んで暮らすこともできたと思います。
将来の蓄えについては
自分たち夫婦が十分暮らしていける程度でよい人もいれば
地主や企業オーナーのように
相続税をたくさん納めなければならない人もいますので
どの程度必要かはその人それぞれによって違いますが
将来だれでも労働できなくなるときが必ず来るはずですので
「強制的資本力投資(年金)」 だけでは長い冬(老後)を
越すことはできないと思います。
重要なことは、正しい「資本力」による投資方法を理解して
「投資機会」を見逃さずにそれを実行に移すことと思います。
自らの「労働力」による投資と、自らの「資本力」による投資は
それがどちらも正しい投資であれば、本質的に同じと思います。
投資の方法には
自らの「労働力(Labor force) 」による投資と
自らの「資本力(Capital force)」による投資の2つがあります。
投資に対してのリターンには
「経済的利益(Profit)」と「精神的利得(Benefit)」があると思います。
投資と投資に対するリターンついて
この2つのバランスとプライオリティを理解して投資することが重要と思います。